妄想畑, 開拓誌

放置された妄想畑_開拓誌

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こんにちは。PAPA KUNIです。

田畑の開拓から始まる試行錯誤を妄想し始めたのはいつのことだったかは忘れてしまったが、そのイメージは自分の中に妄想畑のストーリーの一部として確実に存在し続けていた。

別途触れた憩いの隠れ家の活動に縁深いこともあり、この妄想畑のストーリーの前段について、まずは少しだけ記憶を紐解きながら記録をしておこうと思い立った。



限られたスペースの家庭菜園でいろいろと育てながらだんだん歩みを進めていくとやはり自由にできる広い土地が必要だと思わせる場面に度々出くわす。

数を多く作りすぎてしまった苗、欲張ってたくさんの種類を買ってしまった種、小さい鉢のまま小さい株で一生を終える野菜達、長い期間をかけて育てる果樹などの植物、その他試してみたい多くの事など場面を思い出すときりがない。

とは言え、法律の縛りなど幾重にも難関があり、素人がすぐに農地を手に入れられるものでもない。近頃流行りの市民農園もちょとした庭くらいの広さである上に借りるにはそれなりにコストが掛かるのでどうも経済アンテナが反応してしまう。

限られているのはスペースや予算だけではなく、もちろん自分自身にもいろいろと制約がある。

一方纏まった広さの田畑を持っていたとしても、常時面倒を見られるみられるということは到底なく、シーズンの最中でも足を運べるのは多くとも週に1度くらいだろうと思う。悪くすれば月1回、いや、年数回以下ということになってしまうかもしれない。もしくは状況によっては再び妄想ばかりが募り全くの放置となる可能性もある。そういうようなことを踏まえて妄想畑のことを考えないといけないというようなことも心のどこかでは思う。

その点、住まいに隣接した家庭菜園ならば外に出るついでに見回ることができ、何か異変に気づいたら比較的早く対応することもできるので便利だ。少なくとも敷地内に畑があればその辺りの問題は結構解決するような気もするが、もちろんそんなような都合のいい話などよくそこいらには転がっていないものである。

そんなことを妄想している時に偶然関わることになった長年放置された田畑をどうしようかというのがこのストーリーのスタート地点である。

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どうしようもない放置田畑もまた気が遠くなるようなメンテナンスが必要である


この放置された土地を農地と呼んでいないのは法律上は正確には農地ではないかもしれないと思うあるからである。現状に即して雑種地と呼称するのも何か分かりづらくて少しおかしい様な気もする。そこで、地目が未だ田畑なので、仮に放置田畑という言葉を使うことにした。

その放置田畑は、長い時間が経ちつつある今なおその言葉通り未だに放置されているのが現状である。現状とは言ってみたが、そういう面では未だ妄想のままといっても過言ではないかもしれない。

そんな中で妄想だけを繰り広げている開拓作業は牛の歩みどころかまったくもって一歩も進んでいない。それどころか、実際に現場の様子を見に行くことすらおぼつかず、妄想らしく、それらしい作業には全く手を付けられていない。こんな感じでこの妄想畑は実際の畑としてはゼロどころか妄想以下のマイナスの状態という情けなさである。

一方、一歩でも半歩でもストーリーを前に進めるためには脳内で考えるだけでも前に進んでいると信じることができると思っている。傍目には時が止まって何も進んでいないように見える現状だったとしても、外には何も伝わらないくらいのほんの少しの妄想があっただけで内も外も何もないよりはましのような気がするからである。これをどこぞの映画の話に出てくるスペシャルタレントとすれば妄想力とでも言うのだろうか、どうだろう。

もちろん、いつでも一瞬先の未来には何が起こるか分からないが、その先では今は真に想像もできていないような素晴らしい何かが起こるかもしれない。そのまだ分からない何かに向かって少しでも前に進むための出発点となるのは、まずは気づくことであり、そして、そのことについて考え始めることなのではないかと思う。

話は少し道を逸れていってしまったが、まず暫くはこの妄想畑のストーリーの出発点に辿りつくまでの試行錯誤を少しだけ紐解いて記録しておきたいと思っている。

というようなことを思っていてもなかなか思い通りにいかないのが世の常であり、いつも通りその先の予定は未定である。